カンフー映画見てて思ったこと
まだまだ数は少ないけれども、こういうのが共通してるんではないか?と思った次第。
起承転結がよくわからない
大まかにあるんだけども、「転結」あたりになっても「起承」を平然と好きな時に好きなようにぶっこんできてる。
時間を見ると「そろそろエンディングに向かって盛り上がって行くところでは?」と思うようなところで、平然とコントのようなシーンを入れてくるような気がする。
キャラクター名が狂言みたい
コードネームというかあだ名でしか呼ばれないのがそう思う。キャラクターの名前のようだけども、名前でないというか、「太郎冠者」みたいな設定だけの名付け方だと思う。『ラスト・ソルジャー』至っては、将軍と兵士というだけで名前が何一つ出なかったし。キャラクターの作りが虚ろなような気もするけども、そうやってストーリーを楽しむというやり方なのだろうか?
きっとその辺も癖になってくるんだろうな、とも思わんでもないのでもっといろんな映画を見る予定である。